東京新聞

安倍首相が衆院本会議の所信表明演説で、芦田元首相の言葉を引用したのは開始から約十八分後の最後のくだりだった。 「芦田元首相は戦後の焼け野原の中で若者たちに『どうなるだろうかと他人に問い掛けるのではなく、われわれ自身の手によって運命を開拓するほかに道はない』と言った」 淡々とした口調でこう述べた後に「自らへの誇りと自信を取り戻そうではありませんか」と声を張り上げると、議席の三分の二を占める自民、公明両党の議員から大きな拍手が巻き起こる。「少数野党第一党」に転落した民主党席は静まり返っていた。 芦田の言葉は安倍首相自身の判断で演説に入れた。 ** 注目すべきは、この(芦田の)講演が国民を広く対象にしたものではなく、当時、国をリードする立場にあった中央官僚や東大生を相手に行った講演であること。芦田講演の「われわれ」とは国民ではなく、政治家、官僚や将来のその「候補生」であり、彼らに向かって奮起を求める内容であって、国民の責務を意識させるような内容ではない。 首相が意図的にやや捻じ曲げたわけではないだろうが、引用がやや変なのだ。